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【感想/ゴーストアンドレディ】藤田和日郎が描くナイチンゲールの熱さを感じてほしい!!!

『うしおととら』や『からくりサーカス』で有名な藤田和日郎先生の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』を知っていますか?

藤田和日郎先生は長編が得意な方なのであまり読んだことのない方もおられるかも知れません。

 

ですが、この全二巻の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』にも藤田和日郎先生の魅力がふんだんにつまっており、まさに超傑作だったので紹介します。

(ネタばれがあります。その点はご注意ください。)

 

[目次] 

舞台と主人公たち

舞台は生き霊がはびこる19世紀のヨーロッパ。

主人公は、『フロレンス・ナイチンゲール(漫画での呼び名はフロー)』と『劇場に取りついたグレイというゴースト(下図右)』です。

 

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ナイチンゲール(以下、史実のナイチンゲールと漫画のフローを使い分けます。)は史実に登場するランプの貴婦人その人です。

グレイは恐らく架空のキャラクター。演劇好きで劇場に取り憑いていました。

そこに「私を殺してくれ」と現れたフロー。

グレイはその願いを聞き入れますが、ただ殺すのではなく、自らの死を願うという悲劇の一幕を完成させるため、「フローが絶望の底に落ちた時に取り殺す」と契約します。

 

『殺してほしいと願う女』と『殺す契約をした男』。

『妖怪』と『その妖怪を封印する槍をもった少年』という相対するはずの二人組の信頼関係を、うしおととらという作品で上手く描いた藤田先生。そのでこぼこの関係を綺麗に書く才能はこの作品でも如何なく発揮されています。というか、こういう奇妙な二人組を書かせたら、藤田先生以上の人はいないのではと思います。

実際、フローとグレイが信頼関係を築いていく様や、次第に互いのことをかけがえなく思っていく描写等は違和感なく非常に素晴らしいです。 

 

史実と漫画の融合

ナイチンゲールの話をどの程度知っていますか?

いつの時代のどこの国の人か知っていますか?

彼女がナースコールの元を作ったって知っていますか?

 

私は、彼女についてほとんど何も知りませんでした。

 

でも、この漫画を読めば彼女の人生のハイライトを追うことが出来ます。そしてその障害が綺麗なものに包まれていただけではなく、戦争や疫病と闘う日々だったこともわかります。

そして、単にランプの貴婦人なのではなく統計を用いた交渉も行う凄い女性だったことに気付かされます。

そして、そういう弱いものに手を差し伸べる姿勢、自分より強いものに向かっていくことを書くことにこそ藤田和日郎の真骨頂が現れると思います。

ナイチンゲールと藤田和日郎の融合がこんなにも凄い化学反応を起こすということを皆さまにも是非感じてみてほしいと心から思います。

 

藤田和日郎自身もうわべだけでナイチンゲールの生涯をなぞっている訳じゃありません。ナイチンゲール自身の著作やナイチンゲールを評した作品、当時のヨーロッパの歴史、演劇に関する著作など、50冊以上の参考文献を読んだ上でこの作品を作っています。

これは勝手な想像ですが、漫画の中のフローがあまりにも活き活きと描け過ぎているので、藤田和日郎先生はきっとナイチンゲールのことが好きになったんじゃないかなと思います。

 

何かを救うことは戦いの連続だと教えてくれる

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ナイチンゲールの人生は実際に戦いの連続でした。

ナイチンゲールは過労が祟って、実際に看護の現場にいたのは約2年間で、その人生のほとんどは病床に伏していたといわれています。

 

私たちはそのナイチンゲールの人生を『フロー』を通して追体験していくことになります。

作中でも、病気や怪我だけでなく時々の権力や戦争とも向かい合い続けていきます。

そしてその傍にはグレイというゴーストがいました。最初は殺害の契約で結ばれた二人でしたが、二人の心境の変化も細やかに描かれています。

そして僅か2巻という短編ではありますが、藤田先生の本領である、広げに広げた風呂敷を最後に畳んで大円団にするという部分も今作でも最大限発揮されています。

フローの戦いがどのように人を救っていくのか。どのように世界を変えていくのか。

そして、フローは絶望の末グレイに殺されてしまうのか。

短編ということもあり終始、緊張感を保ちながら読み終えることができます。

 

舞台をファンタジーにしたこと

ここは私の推察です。

前述したように、著者はナイチンゲールのことを非常に事細かに調べていました。

そうであるならば、ファンタジーの世界を持ってこずとも、ナイチンゲールの世界を追うだけで漫画にできたと思います。

でもそうはしなかった。

それはおそらくナイチンゲールを守れるほどの強い存在を描きたかったからだと思います。

少しナイチンゲールのことを調べただけでも完璧な人間のように思います。

でも藤田先生は「きっとそうじゃなかったはずだ」と思ったんじゃないでしょうか。

だから、生き霊はびこる架空の世界で、グレイというフローを守る存在を描いたのだと思います。

誰しも頼り合って生きているということを描くために。もちろんうしおととらの関係のように、グレイもフローに助けられます。

そうでもしないとただただ人間離れした女性を描いてしまうことになってしまい、読者からフローが離れて行ってしまうことを恐れたのだと、そしてそれは著者が描きたいナイチンゲールとは異なってしまっていたのだと思います。

 

何かを救うということについて

漫画の紹介からは離れるのでこの部分は読みとばしていただいて構いません。

以下にナイチンゲールのwikipediaの項より引用したものを掲載します。

ナイチンゲールは赤十字社活動には関わっておらず、むしろボランティアによる救護団体の常時組織の設立には真っ向から反対していた。これはマザー・テレサと同様、「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」ということを見抜いていたためである。そして「構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である」という考え方があったからだといわれている。

いつも書いている動物愛護のことに繋がりますが、日本の動物愛護ってまさに奉仕の精神のみに頼っているのが現状だと思います。

持続的な経済支援を得るためには何らかのシステムに基づく経済援助が必要なのだと見抜いていたのだと思います。

偶然でしたが、ナイチンゲールの生涯に触れることができて自分の幅が広がったように感じます。

 

ナイチンゲールの生きざまを知るきっかけに

20代後半の私は学校でナイチンゲールのことを教えてもらった記憶がありません。

近代史において非常に重要な人物であることは間違いないはずです。せっかくなので学校教育等を通じて広く理解されてほしい人物だと思いました。

もしかしたら看護や医療の道に進む方々は、ナイチンゲールのことは必ず勉強するのかもしれませんね。

でもどのような職種に就くのかということの前にナイチンゲールの生きざまはやはり素晴らしいのだと思います。

人生のどこかの場面で、ナイチンゲールの生き方には触れておくべきだと思います。

そのきっかけを本書でつくってみてはいかがでしょうか。

もちろん史実と異なる点は多くあると思います。ただ、もしかしたら実際のナイチンゲールは、藤田和日郎の描くフローが実は最も近いのかも知れませんよ。