満月なのでご紹介します。

社会問題(特に動物問題)と読書のブログ

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ』鳥に興味がない?そんなの関係ないから読んでくれ!

 

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

 

川上和人さんが書いた『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』が素敵すぎたので勝手に共有させてもらう!

 

正直この本について何か感想を書くつもりは元々なかった。

何故ならば、百戦錬磨の書評人たちが既に素晴らしい感想を書かれているからだ。

でも、この本は面白すぎた!素晴らしすぎた!

 

この本の一番の魅力は何と言っても文章の面白さだ。

鳥類や鳥類学者の奇妙な性癖生態も心惹かれるが、そんなものがちっぽけに思えるほどこの本を構成する文章がとてつもない魅力を持っている。

 

私が好きなエピソードをちょっと長いですが紹介する。

そのとき私はポルトガル領のアゾレス諸島にいた。大航海時代から大西洋の海上交通の要所として発展してきた島で、本土から約1400km西に浮かぶ。正確には島は海底とつながっているので浮かんでいるわけではないが、これは言葉の綾だ。研究結果を発表するため、島の生物学に関する国際会議に参加しているのである。

世間には自然科学系の研究者は英語が堪能であろうという根拠なき勘違いが蔓延しており、心底辟易している。

私は日本に生まれ育った純国産研究者だ。留学経験は一度もなく、フレンドリーな留学生とは一定の距離を保ち、海外旅行では周到に英語圏を避け、丹念に上達の目を摘み取ってきた。英語論文を読み書きできても、しゃべれないのが日本人のアイデンティティだ。

しかし、人間というのは不思議なもので、都合の悪いことは意識の深奥の見えないところに丁寧に収納できる。努力もしていないのにいつの間にか上達しているんじゃないかという一縷の夢を見て国際会議にエントリーし、いざ現地で英語力の無さに愕然とするのが毎度の儀式である。

だいたいNASAが悪い。月とか火星とか行っている暇があったら、まずは早々にほんやくコンニャクの開発だろう。サーズデイに発表があると言えばサタデーなんだねと相槌を打たれ、バードの研究をしていると言えばそれはどんな昆虫かと聞き返される私の会話力をなめるな!

 

美辞麗句で形容された言葉たち。八つ当たりされるNASA。誰も得しない作者の心情吐露。

 

驚くなかれ。

私は何もこの本の特殊なところを抜粋したのではない。200ページを超える本だが、最初から最後までこの調子で話は繰り広げられてく。

 

・・・うっ、おぇっ!

突如わき上がったのは、口内の不快感と嘔吐の声だった。ランプに集まる無数の小バエが、呼吸とともに口と鼻から侵入してくる。このまま電装機にかけられたら、恐怖の蝿男も夢じゃない。死体天国は、分解者たるハエ天国でもあったのだ。豊かな死体に支えられた豊満なハエどもが、息のたびに肺腑に達する。

もちろん息とともにハエもハクが、不思議なことに入ったハエより出て行く数の方が少ない。呼吸のたびに、ハエ10日気分ほど体重が増えて中年太りが気になるし、何よりキモチワルイ。原生の自然が美しいなんていうのは都会派の妄想に過ぎない。現実の自然は死体にまみれ、口にハエがあふれ、心の中に悪態が湧き、心身ともにダークサイドに堕ちていく。だからと言って呼吸をやめると私自身がしたい天国の仲間入りだ。

よく考えろ、私。何か解決策があるはずだ。

呼吸はやめられないから、発想を変えるしかない。ここのハエは、鳥の死体を食べて育っている。体の素材は鳥肉100%。そうか、口に入っているのはハエの形をした鳥肉だ。それなら我慢できる。

これは無人島に鳥の調査に行ったときのエピソードです。

ハエを食べる経験なんて、もっともっと憂鬱な感じに書けたはずなんです。でも作者はそうしなかっった。

あくまでも面白い表現に固執している。それらの表現を全て削り取れば、この本はきっと100ページにも満たないだろうという偏屈な考えは今は捨ておこう。

 

なぜそのような方法を本書に取り入れたのかという理由を私なりに考えて見た。

もちろん一つには面白いからだろう。上述したハエのエピソードも、ハエはうんこにたかるという現実からは未だ目をそらしたまま筆をとったのだと思うと涙すらあふれてくる。あるいは、ハエに脳を奪われている可能性もあるが。。。

 

もう一つは、きっと鳥が好きだから。

ひねくれたタイトルをつけていますがこの本には気づかされる。そう。

読めばわかる。鳥好きが書くやつやん。って。

 

この本からは鳥が好きなことも鳥類学が好きなことも伝わってくる。

そして、鳥類学が世間的に全く関心を持たれていないこともきちんと把握している。

だからこそ、鳥類学に興味のない私たちでも楽しく本を読み終えることができる表現を徹底的に考え抜いたのだと思う。

 

つまり本書は鳥類学の真髄を徹底的に駆使した非常に戦略的で高度な本になっているのである。

鳥類学者はしたたかである。鳥類学を学べは作者のような圧倒的なユーモアを得ることができるだろう。失うものは計り知れない。この世は等価交換なのだから。

 

少し茶化しましたが、この本が幅広い人に鳥類学への関心を切り開いたのは確かで、私はそのことに非常に感銘を受けました。

 

この本を読んでわかったことは少なくとも二つ。

一つは、専門家といえども関心のない人たちに自分の専門領域のことを伝えるには、事実以外にも魅力的な何かが必要ということ。

この本にとってはそれは圧倒的なユーモアを持った表現だったのだと思う。

 

そしてもう一つは、やはり表現は世界を変える力があるということ。

以前、芥川賞作家の又吉が『夜を乗り越える』というエッセイで言っていた「表現によって価値観を変容させたい。」という言葉を思い出した。

鳥類学の専門書だけでも売れなかっただろうし、鳥類学者としての実績のない中で表現だけぶっ飛んでいても売れなかったと思う。

鳥類学者としてのぶっ飛んだ体験の上に素晴らしい表現が合わさったことでどんな人にも楽しめる学術書を超えたエンターテイメント作品になれたのだと思う。

それを体現した本に出会えたことは私にとって変えがたい幸運だった。

 

最後に真面目な話をしてしまった。

他にももっと、環境問題に対する著者の真摯な考え方なども紹介したかったのだが、あまり真面目なところを抜粋するのは著者にとってはきっと不本意だと思ったのでくだらない面白いところばかり紹介させていただいた。

 

鳥類学に興味がなくてもぜひ手にとってその圧倒的なユーモアに触れて見てほしいと思う。

この本の本体は鳥でも鳥類学でもなくその文章なので、鳥嫌いの人も(そもそも著者が鳥が好きでない可能性もある)鳥類学に興味のない人も読んで見てほしい。

きっと、今回の本で著者がメインターゲットとしたのは、そのような人たちだから。

 

 

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

 

 

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

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