【書評/乱読のセレンディピティ】思いがけないことを発見するための読書術【外山滋比古】
思考の整理学で有名な外山滋比古氏が91歳のときに書いた本。
年間100冊程度読書する私が小説以外の本で最も再読した本。
読むたびにああ~こんなこと書いてたなぁと思わせてくれる。
逆に考えれば、内容をあまり覚えれていないとも言える。
最近また読んだが、もはやセレンディピティの意味も覚えていない。
そんな私がこの本を紹介するに値するのか一度は自信をを失いかけたのだが、以下の観点から自信をもって皆さまに紹介してみたいと思う。
それは著者が本書の中で、『知識を取り込みすぎ、それを使うこともなく、頭にためておくと、知的メタボリックシンドロームになる。(中略)知的メタボリックシンドロームにならないために忘却を思いついた。よく忘れるということは、頭の働きを支える大切な作用であると考えるようになった。』と述べていることである。
つまり、忘却に対する重要性がこの本で説かれている以上、それを恥じることに意味は無いと考えた。むしろ、私は忘却することによって、著者の想いを体現しているのである。
無論、言い訳ではない。
では、早速紹介していく。
91歳という境地から練りだされる思考の数々
91歳で本を書ける人が地球上にどれだけいるだろうか。
年齢故かわからないが今まで出会った物書きの中でもずば抜けて、新たな観点を見せてくれる。
そして、なによりゆるい。焦っていない。
それは、セレンディピティの意味が7章でようやく明らかになるということからもうかがえる。
読者はセレンディピティという聞きなれない言葉が何なのかわからないまま、姦淫聖書や井原西鶴の好色文学等のアダルティな話に巻き込まれていく。
まったく不親切である。セレンディピティの項にたどり着く前に本書を閉じて、姦淫聖書の世界にどっぷりつかってしまったらどう責任をとってくれるのか。
まさに有害図書である。
が、著者は有害図書や禁書指定された方が人の心理として読みたくなるものだと述べている。
これも著者の老練な策略かも知れない。
なぜ著者が乱読を勧めるのか
著者が乱読を勧めているのは、それが面白いからに他ならない。
頭が良くなるとか人生が豊かになるとか、全く言っていない。
That's allな訳であるが、それだけでは紹介のしがいが無いのでもう少し紹介する。
物理的読書と化学的読書
著者は読書の方法に物理的読書と化学的読書があると述べている。
以下、内容を抜粋する。
普通の読書は物理的読書である。本に書いてあることをなるべく正しく理解していくやり方である。自分の得意分野であればその本にある知識や思想等は、ほぼ、そのまま読者の頭へ移る。それがいわば、物理的なのである。全く未知のことはまず出てこない。
それに対して、乱読の本では良く分からないことが多い。本の内容がそのまま物理的に読者の頭に移るということはない。途中で放り出すかもしれないが、不思議なことに、読み捨てた本はいつまでも心に残る。こういう乱読本は読む者に化学的影響を与える。全体としては面白くなくても、部分的に化学反応を起こして熱くなる。(中略)化学的なことは失敗が多い。しかしその失敗の中に新しいことが潜んでいることがある。
失敗しながら、何か新たなものを見つける。
本が溢れる今の時代、最も面白い読書法は乱読とのことである。
本は風のごとく読むのがよい
この本、読書論の本ではない。
私は言葉に関する本ととらえている。
タイトルとは少し離れた話になるが、読むスピードに関する章があるので紹介する。
ことばには底流する意味の流れがある。
読む速度が遅すぎると、その流れを止めてしまい 、意味をころして、わかりにくく、おもしろくないものにしてしまう。
のろのろしていては生きた意味を汲み取ることはおぼつかない。
一つの例を挙げる。
外国語を読むのにピンとこないことがある。が、外国人が声を出して読むのを聞いたとたんに、意味がすっかりわかる。
これもことばに流れが出来てことばの自然が回復されるからだと述べている。
この他にも先に述べた忘却の話であったり、乱談の話が本書では述べられている。
広くことばのことを知ることができる。
セレンディピティとは
著者に習って、ここまでセレンディピティのことに触れずに記事を書いた。
ここまで私の貴重な読者の方が、読んでくれていることを願ってやまない。
セレンディピティとはすなわち『思いがけないことを発見する能力』である。
わかりやすい例としてイルカのことばの話を紹介する。
冷戦時代の頃のこと。アメリカの海軍では敵潜水艦の接近に備えて、高性能の音波探知機の開発に忙殺されていた。
あるとき、音波がキャッチされた。スワ、某国の潜水艦かと、研究陣は色めきたった。しかし、探査してもそれらしき怪しいものが無い。色々調べていて、発信源はイルカであることが判明。イルカとイルカは音波によって交信しているらしいことがはじめて明らかにされた。
米海軍の研究はイルカの交信のためのものではなく敵潜対象であった。イルカの音をとらえたのは誤りであったが、それがこれまで知られなかったことを明らかにしたのである。
セレンディピティである。
著者はこれらのことが先に述べた乱読による化学的読書がセレンディピティにつながると述べている。
私の乱読方法
本の紹介を離れて、私の乱読方法の紹介になる。
それはつまり本のジャケ買いである。
本のあらすじ等を読まずに、ただただ気に入った表紙で本を買ってみる。
これが案外よい乱読に繋がっていると信じている。
実際、この方法で購入した『哲学者とオオカミ』という本を以前に紹介したが、それが私にとって初めてsmartnewsに掲載された記事となり、乱読には何かしらの魅力があると実感できた出来事だった。
もちろん、失敗も繰り返していて、それによる金銭的被害、時間のロスは計り知れないが、遅行性の化学反応が起こると信じて納得することにしている。
まとめ
久しぶりに本気の書評をしてみた。
私のごとき若輩者では本書の魅力の本の一部しか紹介できていないように思う。
ただ、そんな私の紹介を真に受けて購入することも乱読になりえるのではと、自分に自信をつけて紹介した。
冗談はさておき、全ての読書をする人に捧げたい一冊である。
読書論の本なんてと言わず、読んでみてほしい。
間違いなく著者は、日本における言語学の第一人者である。
一読の価値があるのではないか。
途中に紹介した哲学者とオオカミの感想はこちら。